弓道へなちょこ日記



「人は消去法でしか学べない」=弓道修練の極意か?

2009/11/07(土) 18:52:29

今日の新聞を読んで弓道修練の極意を知った(気になった)

朝日新聞の土曜版のbeに「勝間和代の人生を変えるコトバ」という連載があるのだが、「人は消去法でしか学べない」というタイトルでこんなことが書かれていた。

 この言葉は、脳科学者の池谷裕二さんから教えてもらいました。

私たちが何か新しいことを学ぼうとする時、例えばどうやったらコップをつかんでうまく口に運べるかなどということについて、正しい方法を一気に学べるものではありません。さまざまな方法を試してみて、うまくいかなかった方法を消去し、うまくいった方法だけを残して次回からうまく再現できるようになって、ようやく学習するという仕組みを表しています。

 つまり、何かの達人はなぜそれが効率的にできるようになったかと言いますと、さまざまなことを試して、うまくいかなかった方法とうまくいく方法を瞬時に区別できるようになったからです。ほとんどの人はそれができないので無駄な動きや無駄な考え方が多くなり、時間がかかってしまうと言うことでした。

- 省略 -

 すなわち、私たちが新しい行動週間や考え方を身につけようとした場合、いくら他の人から「これが正しいのだから、これをしなさい」と言われても、なかなかその通りにできないのは、自分でさまざまなことを試して、その正しさを消去法で身をもって体験しない限り、その方法は身につかないからです。

- 省略 -

 だからこそ、回り道のようですが、さまざまなことを試し、たくさん失敗をして、まるで塗り絵を塗りつぶしていくように、最後に正しいやり方が残るような学習をお勧めしたいと思います。



つまり、自分の気づいた悟りは、
うまい指導者がいくら正しい射型を指導しても覚えん
ということだ。自分の中で色々な射型を試行錯誤した上で、指導を受けなければ意味が無いと。
師匠の教えを聞いても、す~~ぐに忘れてしまっていたのはこういう理由からだったのだ。

弓道修練の極意は、「基本的を習ったら引き方を少しずつ変えて色々と試してみる、その中で自分で正しいと思う射(中る射)を、何度もなぞり覚える。師匠には、その様々な引き方の正誤のヒントをもらう(師匠の射からヒントを盗む)」っと、こんなことなのだと思う。
分かっている人にとっては当たり前のことなのだろうが、今日は目から鱗が落ちた気分になった。


月例会は別件で行けなかったので、来週からの練習が楽しみだ。


※来週になったら全文載るかも。。
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勝間和代の人生を変えるコトバ
http://www.asahi.com/business/topics/katsuma/


コメント

/ パパンプ

2009/11/10(火) 21:35:27

ただの<教えて君>では成長しませんですしね。最近は聞いて満足、出来ずに不満・諦めのパターンが増え、自ら<学ぶ>という姿勢が欠落している人が多いように感じます。技を<盗む>というのも大事な事だと感じます。

後輩には自分のレベルに合った指導書を読むようにとか言ったりしています。

/ kuricha

2009/11/12(木) 21:31:02

まあ、あたりまえっちゃあたりまえ、指導法が正しくても「本人がその動きをできない」事が多いですからね。

「学問に王道なし」といいますが、「自分だけ効率よくうまい事してやれ」なんて考えがうまくいく事なんてま まず ありません。
みんなそれなりに努力しているわけですよね。

師を信じる・・・大切なこと忘れがちですよね。

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